カテゴリ:小難しい話( 4 )

 

Googleがリスティングやマッチングで、適性診断するようになったら?

Googleがリスティングやマッチングで、適性診断するようになったら?


ポータルとブラウザの終焉 - 雑種路線でいこう

ブラウザやポータルサイトのコモディティ化について書かれていました。
立ち上がり当初、ブラウザの勇として一世を風靡したネットスケープ。
IEにシェアを食われ続けそこでポータルと言う仕組みを導入して息を吹き返した。
しかしこれはいわゆるサービスプロバイダーなど、自社サービスでユーザを抱え持つところであればどこでも援用できた。
そしてなるべくしてポータルサイトがどこでも見られるようになった。
2008/01 Yahoo Japanのポータルページトップ変更によって、よりどこでも一緒感覚が強くなってきている。

そして、そんなポータルに変わりアメリカのフェイスブックサービスや携帯コミュニティへ。

探す無駄、手間すら省きたい。
欲しいもの、情報に一発でたどり着きたい。


しかしこれって、自分で使っているの?

ランキングなんても誰が何を元にどこから算出して導き出したの?
そんなのも知らないまま釣られて行く。
大スポンサーが提供する情報であれば、巧妙にランキングが操作されていてもおかしくない

使っているようで、使わされている、まんまと踊らされている可能性。

携帯ユーザーがPCユーザーをDisっているとかも見受けられる。

ところで携帯向けのサイトやサービスって携帯で出来るの?

PCを通じてじゃないと作れない。

すると、ユーザーの思惑とは別の操作があれこれ入っている可能性が高い。
そういうリスクも知っての上であれば問題ないが、それも知らずだったら?

携帯みたいに量も質も望めないのに課金での収益が上がるのは?

自分で出来るけど、手間だから人にやってもらう対価か?

使う、いや下手をしたらそうとは知らずに使わされているのだとしたら?

今の携帯サービスは、兎に角消費を促す方向にしか向いていないだろう。






レジデント初期研修用資料: 初夢:全共闘オンライン

社会的に鬱屈、鬱積した事が沢山ある。

医療の現場など医師となったが故のリスクを考えると身の振り方を考え直した方が良いなんてとこまで来てしまっているらしい。
(産科医など特に)


又、育児関連では働いていないから子供を預ける資格が無い等。


現代って学生運動などにならないのが不思議なとこ。

と言うか、そんなパワーはもうなくなってしまったのだろう。

変え難い世代間での意識の乖離

この社会になったのは何故?

何を契機にこうなってしまったの?

何故歯止めがかからなかったの?





スタイリストがトータルコーディネートして2万くらいで送ってくれるサービスが凄い件 - I am Cruby!


ファッションの醍醐味といえばコーディネート。

カリスマ店員とかも居るけど、こういうのもいいですね。


ショップと店員。

ネットショップにコーディネーターやアドバイザーが居る。
そこにオーダーを出す。
すると、好みだったり提案が返ってくる。

子供の勉強向けサイトも考え方は似ているかもしれません。

お料理関係とかもいいかもしれません。

ようは、自分では苦手、面倒、難しい、そういうに対して提案だったり、マッッチングをしてくれる。

ネットのコミュニティなどもあちこちに沢山見かけられるようになってきています。

そういうところで何かサービスを提供できないか?なんて考えていたりする場合、面白そうですね。




【Watcherが展望する2008年】 コモディティとならざるもの:小飼弾 404 Title Not Found:ITpro


色々とりあげられていますが、最終的にはおもてなし。

現代の世界で取り巻いているのは大量生産、大量消費。

誰の為の、そんな意識が外れてしまい、売れるもの、売れそうなもの、売れるように。

使う人ではなく、企業論理が優先されてしまっている。

おもてなしは、この人に喜んでもらう、楽しんでもらうには、
自分としては、こんなものを提案、提示してみたい。

不慣れであれば、少しばかりの配慮を利かせ、常連さんであればちょっとサプライズを入れて等々。

顔や個性のある人を相手として意識しなくていいのか?

微妙なマッチングの外れが不調和や不協和音を呼んで居ないか?

そして、いつまでも消費者と呼んでいていいのか?

消費という呼び方に基づく仕組み自体のパラダイムシフトが必要なのでは無いか?



レジデント初期研修用資料: 疲労する自意識がたどり着くところ


最近のランキング

また、声の大きな人の意見に収斂されてしまう仕組み。

それを散らす事ができたら面白そう。

よくある殿堂入りなんては手っ取り早いやり方だろう。
だって、政治の世界なんてでは任期は決まっている。

殿堂入りして、何年か経過したら、再び評価対象なんてのも面白いだろう。

色々な価値感に基づくランキングが見られたらとても面白そう。

人気なんかじゃない、特徴を捉えられたら。



私たちは、インターネットに恩返しをする責任があるということ。 : tokuriki.com

こちらは、インターネットがあったからこそ道を見出せた。

ならばキチンと向き合って出来る事をしていかねば、と言った決意表明とも言えるエントリ。

ところで、インターネットを利用していて良かったな?

なんて思う事があったのだとしたら?
又、誰かを陰ながら支援できたら?

そんな事ふと思った事があるならこんなのどうだろう。

良いな、とかこれは?と言うエントリーに対して、トラックバックを送ったり、関連エントリーを起こしてリンクを張る。

Googleから見れば、リンクが沢山張られた記事やサイトは価値が高いはず、なんてアルゴリズムが仕込んであるらしい。

最近はSPAM対策で必ずしもそれがそのまま適用される訳ではないようだけど、基本は変わらないはず。

誰か?もしくは何かこれはと言うエントリーがあったら、記事を起こしてリンクを張るのは、まさにインターネット上の、投票や支援になりえるかな?なんて思ってみたりした。




高校生が考えた「プログラマーを人気の職業に押し上げ」るには? - 高校生奮闘記

カリスマプログラマーなんてやったらそれこそ悲惨。

車や家を作る、テレビ番組を作るなんて同様に、それぞれの役割や範囲がキチンと分担されていて、こなすべき作業が見えている。

そういう方向性が必要。




一番タチが悪いのは「俺は世の中と一体になっているから変わる必要がないけど、お前は変われ」という人間 - こころ世代のテンノーゲーム


現在の大量消費をベースにした社会。

ここでは上下関係、地位のある人、声の大きな人が力を持つ。

やっぱりパラダイムシフトが必要なんじゃないか?

世の中がいい方向に向かいうる事を提案する、そこに協力する、そういう人や団体、組織
そういうのが重要視されたら?

取り留めないのだけど、上手く循環するような方向性が出て、そういうとこに焦点が向けられるようになったら?

今の常識を単純には当てはめる事は出来なくなるのだろうけど。



 車をほしがらない僕たちの欲望はどこへいくのか(2) - Newborn Baby! たった今、うまれました。

こちらも、一つには社会の閉塞が大きいだろう。

大量消費、マスコミ優先。

これをやっていくと明確に勝ち組と負け組みが出来ていくだろう。

人より余計に儲ける。それの連鎖はその分だけ人より儲けられない人を生む。
パイの取り合いゲーム

それを飽きずに、そして将来を省みずに続けてきたから、なるべくしてなった社会。

若者の雇用が無い。

就業の困難。

車を買うような余裕は無くなってしまう。

余裕が無ければ意識しないのが一番。

おそらく、社会が良好な循環を有むスタイルでなく、負のスパイラルで構成されているから・・・。

消費型を続けていけば、モノは飽和する。

そのくせ消費者は貧困に陥っていく。




「貫くほどの好き」が見つからない! - モチベーションは楽しさ創造から





このままでは成果主義で会社がつぶれる (ザ・ターニングポイント):NBonline(日経ビジネス オンライン)




エンジン開発 - R25.jp

企業の広告塔として最大の効果を発揮していたF1グランプリ。

より良い消費の為であったのであろう。

我がチームはどこよりも優れるこんな素晴らしい製品、商品を送り出す能力があるのですよ

そんなチームを我々スポンサーは支援しています。

そんな、どこよりも優れたチームの技術的裏づけとその取り組みに対するスポンサード。


でも中国等の旺盛な社会的発展への取り組み、政情不安、金融関連での様々な操作、問題。

そんなところだったりで原油価格の高騰。

更には地球温暖化と言う環境問題。

もう省エネルギー、エコ、環境に優しい、そういう方向を向かない企業は支持されなくなりつつある。

そうこしていたらF1って、まさにその先鋒だった。



今までのままの、飛びぬけるため、勝ち抜くため、それをアピールするための技術競争競争をしていたらデスロードを突っ走るのみ。

ならば、レースの心臓であり勝ち抜けに一番利くエンジン開発を凍結してしまう。

そして使い捨てであった運動エネルギを再利用する事を推奨する。

これにより、回生エネルギー利用が有効となり、モータ、発電、バッテリー、逐電の技術が更に見直される。

更に一番の肝であるエンジン開発を凍結することで、それ以外の技術でアドバンテージを見出すしかない。

限られた資源をいかに再利用するか、有効利用するか?その為に見直せる事はないか?

そういう使命を与える事で、環境問題に寄与できる優れた研鑽のステージ。

そういう意義を見出したF1。


パラダイムをシフトする事で、存在理由はキチンと示す事ができる。


【お知らせ】「ジョジョ立ち」「ロリ校長」も NHK BSで「ネットの面白さ発掘」番組 - ITmedia News


一番はなんと言ってもニコニコ動画だろう。

NHKがやって見せたと言うのは流石。

NHKとしては、安易にネタに走っての視聴率稼ぎなんて間違っても許されない風潮があるのじゃないだろうか。

時代や社会をキチンと見つめて提示する。

2007年に放映された、Google、ブロガー関連番組なんてあたりも、やはり流石の取材力、構成力。

ネット☆スター

その中でさりげないけど聞き逃してはいけないことば。

ニコニコ動画なんかでも作者や原作者に金銭などの利益が環流するようになればいいのに
と言うぶっちゃけ。

まさにそこでしょうね。

気持ちはありがたい、嬉しい、でも実利がキチンと伴う。

そういう仕組み、社会であれば理想的

ニコニコ動画的なステージを用意しつつ、実利にも利くような仕組みづくりが理想的。




[N] アフィリエイター収入「20万円以上~50万円未満」は10.8%

こちら、気になります。

副業、お小遣い稼ぎ。

そう考えるとこんな儲かるわけ無いと思えます。

でも、世の中って流通や小売を職業にしている人はいくらでもいる。

そう言う人達が アフィリエイトに手を伸ばしたら、「20万円以上~50万円」ってのは言っちゃうもんじゃないのか?

もしも何か店を持ちたいなんて気持ちが元々ある人だったら、ECサイトの前段階としてのアフィリエイトなんてのもあるのかもしれない。

ネットだからこそ買えるもの、買い易いものなんてであれば、十分商売やその仲介は果たせるのではないか?

アマゾンなんてはまさにそのものだと思います。



13歳のハローワーク 公式サイト

自分の適性は何か?

そうなんですよね。

個性は個性

その個性はどんな方向性があるのか?

それが向く適性は?

そんな指導や相談ってあんまり具体的に耳に入ってこ無いですよね。


そしておそらく本来であれば、小学校、中学校、高校を通じて毎年行われれば理想的。

適性判断、適性指導、そんなのも毎年行われていいのではないか?

その為にはその指導、判断、診断が出来る存在やテスト方法が必要ですが、そういう方向に社会も教育現場も向いて居ないのかも?

現在の教育がどうなっているのか知らないので、”旧態依然としているのだとしたら”を前提とせざる得ないですが。



大学の頃から疑問だった事があります。

学校って、色んな職場の現場、一線で働いている人を連れてきて講義してもらえばいいのに。
ま、実際には授業とするのが難しいでしょうから、企業の広報あたりと一緒にやれば。

そして、実際にそういう職場を見学する。

そういう現実に触れる事で、そこに興味が湧くなら具体的でいいのに。

とまあ、産業と学業がいかに分断されているかって事なんでしょうね。

また、産業側が下手に入り込むと資金、スポンサー等々色々優遇、厚遇、癒着も回避困難でしょうし。

でも、もう寧ろそうでもしないと現実はどんどん乖離してしまうのではないか?





希望は、教育。 - 萌え理論Blog


こちらでの個性よりも、適性。
まさに。



働かなくても食っていける社会がもうすぐやってくるよ - アンカテ(Uncategorizable Blog)

ところでこれ。

とっても示唆に富んでいて面白いです。

実際には権力やパワーを牛耳っているところがしぶとく居る限り、困難だと思います。

ただ、その辺のパワーバランスを取っ払う、もしくはそれをも凌駕できるならなっても全然おかしく無い方向性だと思います。








さて、ここまで引っ張りに引っ張りました。
ゴメンなさい。

と言うのも、やはり今までのブログ等のエントリーがあったからこそ浮かんできた事なんだと思うからです。



Googleのリスティング。

これは、広告での収益をあげる為に行われていると思われます。

ここで目先をちょっと変えたらどうなるのか?

上述F1でのパラダイムシフトみたいな感じですね。

更にネット☆スターのように、収益にも繋がりうる。





リスティングを広告収益から、就職、職探し、人材探し、適性判断なんてとこに向けてみたら?




もう完全な個人情報です。

でも、それを提示する事で様々な恩恵を蒙る事が出来るなら?


そして、それが自分だけでない似た他者にも援用してもらえるなら?


適材適所をマッチングさせる。

一方向的消費型でない、社会還元的サービス。

働きたい人も、人材を探しているところにも喜ばれるサービスのような気がします。


まあ、勿論Googleとしてはそれよりも広告の方が収益に繋がるというリサーチがあってでしょうけどね。

であれば、広告とは別に、好みから予測される適性、人材マッチングサービスみたいなものも取り組んでみたら面白いのじゃないかと思います。

次々消費から、循環であったり還元される仕組みへ。

F1なんかがそちらに向かいだしたと言う事は、やはり循環、還元、エコ、リサイクルを重視する企業が選ばれ、信頼される企業となっていくのかもしれません。

できれば売り上げとかだけでなく、エコ度、社会への還元度、そんなものが各社を比較する指標として出てきてくれても良いのじゃないかな~なんて思ったり。


使う事で、実は還元されていた、役にたっていた。

そんな社会は、無理でしょうか?
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  by julajp | 2008-01-06 03:03 | 小難しい話

団塊の世代って、実は結果的に依存世代?

団塊の世代って、実は結果的に依存世代?


裏づけも何もあったもので無い単なる思いつきからの印象論です。ゴメンなさい。


戦争で全てが吹っ飛んでしまった。
日本的価値観も、敗戦によって否定せざる得なくなってしまった。
日本そのもの、もしくは心の拠り所としての神仏汎神の否定。
頼るものが崩壊。

唯一肯定された道徳や良心の象徴として、暴走を食い止めるストッパーとしての皇室。

再生、創造するしかないけど、敗戦という傷跡で欧米追従路線。

でも、元々日本って西洋的な個に立脚して居ない全体調和で成立していた国。

殊更に個を主張せず、全体調和、全体に溶け込む。

大勢は神頼みみたいな感覚で支配されていたのではないか。

お天道様という、ありえない、見えない超越した何かに信義や良否を預けてしまう事で、罪を憎んで人を憎まず的な、人間であるからこその迷いや愚かしさ到らなさを自然に受け止め消化していたのかも知れない。

真偽や真実は人智を超えた超越した超自然的なお天道様に預けてしまう事で、人と人との軋轢や境界を上手く埋めていたいたのだとしたら?

しかし、敗戦によりそのお天道様を否定せざるえなくなり、手短な欧米的個性の輝きみたいなものこそが最優先されるべきと言った風潮に摩り替わってしまったのだとしたら?

見せ掛け、表面的な欧米的価値にあてられてしまう。

お天道様基準としていれば、自他共に特別否定する事無く、超自然の元には等しく下位の存在として認め合い、断絶や否定をそれ程する事もなく平等であるからこそとして自然に繋がる事が出来ていたのではないか?

しかし、欧米の個ありきの文化、個と他の違いに根ざす文化や歴史的背景を見定められずに表面的に現れがちな事を模倣してしまったのだとしたら?

欧米では、やはり個ありき。いかに個を鍛え上げ価値あるものとしていくか?他との絶対的な差異。突出傑出している事。そんなものが普遍的な価値みたいな感じであるのではないか。

大陸文化と呼ばれるように、ある国や民族が領土争いを繰り広げる。その地位を絶対的にする為には、自国を正とし、他国を悪もしくは劣と定義付けてしまう。

そこには、理由付けがなされる。

自国の優位性、他国の劣等点。

本当かどうかはどうでもいい。
それが常識であるとして。

行き過ぎれば全滅も免れない。

その中でも特にアメリカはそんな欧米から新天地を求めスピンアウトした人々が元になっている国だと思う。

欧米での覆し難い旧来のステータスを嫌って、より個が成功なりを掴み取れる可能性に掛けた国。

でも、ここでもインディアンを否定してしまった。


おそらく、自や個を正として位置づける為に、他を劣等であったり否定する方向にあるのでは無いか?

それを回避するにはキリスト教などで、帰属意識を持つ事で同属感を持つ。

そして日本は、世界大戦では個をベースとする世界観を持つ国々に負けてしまった。

焦土からの復興では、従来の価値観は否定の方向に向かわざるえない。

でなければ、支援は望むべくも無い。

そして、勝者である欧米をモデルにせざるえない。

自然や全てになんらかの魂が宿るとする汎神よりも、資本主義競争原理が勝者の論理として持ち込まれるし、それを常識としていかないと立ち行かない。

中途半端ではとても適うものではない。

そうやって、団塊の世代は戦後の復興を担って来たのかもしれない。

ただ、その時兎に角勝ち抜けであったり、物質的豊かさがどうしても前面に来てしまった。

そこに、見かけ的表層的差別化され成功した個と言う理想をと言う幻影を見せられ、見ざるえないまま。


その時、年長者やそして未熟なもの達を自分と同じ者として見る事ができず、違う者と認識せざるえなかったら?

旧来のお天道様基準であれば、超自然的な世界に(下位的に)属しある意味生かされている感覚なんて感じであったのではないか。

でも敗戦による文化慣習風潮の自己否定、戦争からの復興で自分達で勝ち取った、そんな意識が芽生えてしまったのだとしたら?

そうなった時、自分達世代こそが日本を支え復興したと言う空気に支配されていたのだとしたら?

人間は何かに生かされているも同然と言う感覚は失ってしまうのではないだろうか。

そして、復興してみせた、そんな感覚が世代的に支配的な空気となっていたら、そのご褒美を欲しがるのも当然だろう。

金、名誉、裕福、余裕、貯蓄、豊かさ、幸福。

そんなものがバブルを生み出す風潮は無かったのだろうか?

でもおそらく、お天道様の生まれ、生かされている等しい人と言う感覚をもてなくなり、喪失し飢え帰属意識を失った孤児のような個。

お天道様と言った超越した何かに物事を委ねる事が出来なくなってしまった世代であるからこそ、荒涼とした世界を個としてそれぞれ生き延びガムシャラに頑張るしかなかった。

そして復興。


敗戦で失われた様々な価値感から、欧米的な個に依拠したある意味名誉挽回。

すると、今までの働きに対しての見返りとしての経済、物資的な過剰な要求と言う暴走もあるだろう。

その暴走のツケは後世に来るのは当然なのだが、あまりの傷にそうも言っていられない。

そんな事を安易に認め難い傷。

故に個の保守堅持が優先され、次世代、後世へのバトンタッチ、引継ぎ世代交代などと言った動きが失われているのではないか?

元々若者って、そうそうはなから仕事が出来るものなんて居なかったのではないか?

それぞの馴染み易かったり、適正が上の世代や立場から見届けられていて、自然と道を選ぶ、もしくは選んだつもりになれていたのでは無いか?

しかし欧米的個性が入り込んできた。

そこで旧来は自然と見届けられていた適正の判断がなくなってしまった。

後から来るものの適正を見たり、育成、伝授する動きが途絶えてしまった。

お天道様なんて意識があれば、仕事は自分がやると言うよりは、誰かがやってそれが社会に役に立っていればいい。自分がやっていると言うよりもその仕事がキチント果たされている事こそが重要なんて思えないか?

もしもそんな風に思えたら、自分で途切れないように、適する次世代を探し伝授するなんてのも、殊更特別な事でなく寧ろされこそが本来的、自然としてあったのでは無いか。

今は、個、個性、能力、才能なんてものが前面に来てしまう。

でも、旧来の日本は皆で適正や継承育成を自然と意識しながら暮らしていたのではないか?

欧米的個にほだされ、生かされている人間という感覚を喪失した団塊の世代。

彼らが自らを省みておかしさに気づいて本来的な事を照らし合わせる事無く、未だに敗戦からの喪失の痛み、飢えを、物質的享楽、裕福を享受する事に目線が行ったままなのだとしたら?

その時当然後塵の行く末など見る余裕も無い。

おそらく大戦以前の旧来の日本では、大人や年長者は少なからずお天道様に少しばかり近しい存在として、年少者に対しての身の振り方は自然と決まっていたのではないか?

ほんの少しだけお天道様に近い側として、上から見届け、時に様々な開示をして見せたり、道を示して見せたり。


でもそれを果たさない。果たせない。

そんな断絶、途絶。

それは、現代の引きこもりやオタク、そして個や物質的享楽に走る存在を生む。

先に繋がりにくい、その世代で閉じた集団。


それは敗戦の痛みと言う理由、そして自分達こそが築いてきたと言う理由に立脚しているのではないか?

結果的に、団塊の世代以外の後塵への伝授を忘れ、結果的にそれらの人々から窄取する形での依存に支えられていないか。

それをそのまま続けたままであれば、逆に本来のあるべきが自然と復興してくるのでは無いか?

物質的資金的豊かさを希求し、人との繋がりが困難となって居るグループ。

どこかで何かで繋がっていたい、そんな事を希求するグループ。


そんな特徴的な断絶してしまったグループが形成されているような気がする。

繋がれないグループは結果的に社会や次の世代に依存してしまっているのかもしれない。


ネットで見つけさせて頂いた関連しそうな記事など


404 Blog Not Found:モラルリストラの必要性
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  by julajp | 2008-01-04 03:07 | 小難しい話

誰もが、何もがより生き易い世の中であったならば

誰もが、何もがより生き易い世の中であったならば

「好きを貫く」よりも、もっと気分よく生きる方法 - 分裂勘違い君劇場

超自由人とでも言うか。

こういうのが出来たら理想的。

また、世の中にはこういう人が居られる状態は是非あって欲しい。

でなければブレークスルーや、飛躍は望めないから。

ここまではっきり移ろいのままにと言う訳でなくても、もう少し流動性みたいなものが認められやすい社会であれば。


好きなことをするということ - finalventの日記


 "love to do"は、単純に好きなことをする、でいいのだが、話のなかでは、"love"の語感を子どもたちに問うていた。簡単にいえば、好きなことをしてそれがあなたの愛の表れになっていること、ということだ。

 あなたの愛の表れとなっていることをしなさい、と。

 でもそれじゃ生きていけないかもしれません、と子供が問い返すと。大丈夫といったふうに答えていた。きっとあなたを大切に思う人が現れます、とも。



こういう視点、思いでいられたらな~。

ついつい他者世界を恨みがましく思ってしまったり、自身を嘆きばかりで満たしてしまう。



このままでは成果主義で会社がつぶれる (ザ・ターニングポイント):NBonline(日経ビジネス オンライン)

成果主義、実力主義、弱肉強食。


地球そのものや地球の生き物思い浮かべてみると、決して弱肉強食ではなくて、無いところを相互に補いあって共生、循環しているのだと思う。

それぞれが居る、ある、だから全体としてバランスして回っていく、転がっていく。

そんな感じであったならばな~。

カビや菌だって、それが居る事で土などに還元する作用を果たしてくれているのだから。
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  by julajp | 2007-12-11 07:33 | 小難しい話

暗がりから射した光と包まれた闇と

暗がりから射した光と包まれた闇と

こんな経験の無い自分は口を閉ざして居るのがいいのかもと思いながら、みかけてしまったエントリー。

・幼少期の体験により抜け出し難い闇を抱えながら現実を彷徨。

heartbreaking. 「子供が産まれて感動した」「おめでとう!」…がどんだけの男女を無気力にさせているか少しは考えろ

はてなブックマーク - heartbreaking. 「子供が産まれて感動した」「おめでとう!」…がどんだけの男女を無気力にさせているか少しは考えろ


実は、こちらのエントリー以前読んでいたので、あ~この記事かと繋がった。

・指し示す先は、なかなか子供に恵まれず、やっと宿った新しい命への思い。


はてなブックマーク - ある個人史の終焉 - after game over


・記事を読む事は叶わなかったけど、やっと宿って生まれ出ようとしてくれている命を思うとこう言う形になるだろうか。

はてなブックマーク - 書きたくなかったことについての話 - after game over



blogがあるから垣間見る事が出来る。

様々な体験をしている人々。

ある思いの表現と、丁度その反対の思いを抱え持つ人とが何かの意図が働いたかのように出会い火花を散らす。



現実で正面切って声を大にして叫びまくり、あたりちらす訳にもいかない。


軽々しい言い方だけど、せめてblogでそれぞれに思うままに表現してもらえたらと思う。


一個人は、その体験や経験から来る事からしか思いをblogに紡ぎだす事ができない。

それぞれがそれぞれに表現してくれる事で、自分には無い体験、経験について思いを寄せたり馳せたりさせてもらえる。

時に光と闇の強さ深さ軋轢、事故のようにはなってしまうだろうけど。



どちらも表現してみせた事にある種の畏敬の念を覚えつつ。


タイトル”暗がりから射した光と包まれた闇と”なんて事を考える程度で精一杯。
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  by julajp | 2007-11-08 06:13 | 小難しい話

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